【二大武将の熾烈な国取り合戦!】信玄と謙信一騎打ちの『川中島古戦場』真田丸で有名になった『松代城』へ!!

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いまはむかし、戦国時代にふたりの有力な武将がいました。

一方は甲斐(現在の山梨県)を治める武将。もう一方は越後(現在の新潟県)を治める武将。このふたりの武将は、北信濃の地を手に入れるため、幾度となく大きな戦をおこしました。

その中でも最も激戦となった地。それが千曲川と犀川が合流する地『川中島』(長野県長野市)でした。

世の中で俗に言う1561年に行われた『川中島の戦い』ですね。

両軍合わせて35000人の兵を挙げての大規模な戦。7000人もの兵の死傷者を出し、かの有名な名軍師『山本勘助』が討ち死にした戦です。

もうおわかりですね?

両軍の大将は、『風林火山』で有名な甲斐の戦国大名『武田信玄』。そして『毘沙門天』で有名な越後の戦国大名『上杉謙信』

今回は、この両武将にまつわる『川中島古戦場』。そして『松代』で歴史の深さを感じてきました。

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『川中島古戦場』到着!商店は閉店がはやい!!

善光寺から車で10分。『川中島古戦場』の無料駐車場に着き、あたりを見まわすと商店がありました。

が、残念なことに八百屋さん以外はすでに店じまい。このとき時刻は16時。八百屋さんもそろそろ店じまいの準備を始めようとしている最中でした。

自家製の長芋を販売しています。美味しそう。たまり漬にしたい。これがまた、日本酒と合うんだよなぁ。長野の地酒『大雪渓』とか『白馬錦』と一緒にグイッとね。

なんて言ってる場合じゃない。先へ進もう!

川中島古戦場へ!(八幡原史跡公園)

『武田・上杉両軍一騎打ちの地』と書かれています。いま、川中島の戦いが行われた地にぼくは立っています。

信玄と謙信の一騎打ちに思いを馳せながら鳥居をくぐる

ここで武田信玄と上杉謙信が一騎打ちをしたんですね。あの有名な武将ふたりがこの地で一騎打ちをした…。その地にいまから足を踏み入れるというのはなんだか感慨深いものがあります。

日本史で学んだ知識が頭の中を駆け巡ります。ここで山本勘助は討ち死にしたのか…と。(実際にはこの場所ではなく、ちょっと離れた『勘助宮』周辺)

厳格な面持ちで鳥居をくぐると…

歴史を感じさせる建造物が…!あたりを見まわしてみると…

『執念の石』に家臣の意志を感じる

『執念の石』がありました。

武田軍本陣の信玄めがけ上杉謙信が切り込んできた。謙信の鋭い太刀に、信玄は手にした軍配団扇で受け止めたが、腕に傷を負った。急を見て信玄のもとに駆けつけた家臣の原大隅守虎胤※(はらおおすみのかみとらたね)は傍らにあった信玄の槍で馬上の謙信を突いた。しかし、槍先ははずれ、拍子で驚いた馬が立ち上がり、一目散に走り去った。主君の危急を救いながらも、謙信を取り逃がした原大隅が、その無念さから傍らの石を槍で突き通したと伝えられるのが、この執念の石である。

長野市・風林火山特設サイトより

というエピソードが執念の石にはあります。主君の敵を目の前にして討つことができなかった悔しさ。その悔しさを叩きつけた石には、当時の原大隈の意志がまだ残っているということですね。

さらに進みましょう。

厳格に佇む『八幡社』の横には『逆槐』の木が…

八幡社がありました。武田・上杉両武将に深くお祈りしました。

さらに歩みを進めると…八幡社の隣には

『逆槐』(さかさえんじゅ)が。

川中島合戦で、山本勘助の進言によって「啄木鳥(きつつき)の戦法」をとることにした武田信玄は、八幡原のこの場所に土塁を積み重ね、矢来(やらい)を組み、盾をめぐらして上杉軍挟撃の本陣をおいた。その際、土塁の土留めとして自生していた槐(えんじゅ)の木を逆さにして打ち込んだものが、やがて芽を出し大樹になったと伝えられる。木の周囲に残る低い土塁は、信玄本陣を示す桝形陣形跡といわれる。

槐の木を逆さにして、そのまま打ち込むところに歴史を感じますね。ここが武田信玄の本陣です。

さらに進みましょう。

一騎打ちの舞台となった場所『三太刀七太刀之跡』の碑

『三太刀七太刀之跡』がありました。

信玄の身辺が手薄になったとき、風のように信玄の本陣に切り込んできた武者がいた。萌黄(もえぎ)の胴肩衣(どうかたぎぬ)をつけ、頭を白布で包んだ武者は月毛の馬の馬上から、三尺ほどの太刀をふるい、床几(しょうぎ※)にかけている信玄めがけて、三太刀斬りつけた。信玄は立ち上がり手にした軍配団扇で受け止めたが腕に二箇所の傷をおった。駆けつけた信玄の旗本が槍で馬上の武者を突いたがはずれ、鎧の肩にささった。これを叩き落とそうとして馬の尻を叩いてしまったので、馬が立ち上がり、一目散に走り去った。この白頭巾の武者こそが、上杉謙信であったという。後で信玄の団扇を調べてみると、刀の傷が七つもあった。

上杉謙信が単独で乗り込んできて、武田信玄を三太刀。武田信玄は団扇で三を守ったけど、その団扇には七太刀の傷が残っていた。という逸話があったんですね。これは知らなかった。

それが、この場所だった…と。

しかし、自然の残るいい公園だなぁ。晴れてて気持ちいい!

信玄と謙信の一騎打ちが現代に蘇る…

目の前には『毘沙門天』の旗と『風林火山』の旗が…!

武田信玄、上杉謙信を表すふたつの旗が掲げられています。そして、そこには信玄と謙信の一騎打ちの様子が再現されています。

馬に乗って、標的めがけて切りつけに来た上杉謙信。そして、その太刀から団扇で身を守ろうとする武田信玄。当時の様子が目の前に広がっています。と言っても、当時はデジカメもスマホもなければ動画なんて撮ることはできない時代なので、史実に書かれている内容からの推察にすぎませんが…。

ここまで迫った謙信でも信玄を打ち取ることができなかった。そして、謙信を目の前にしても家臣は謙信を打ち取ることができなかった。

当時の戦のすごさを物語っていますね。

おや…?見覚えのある人の名前が…!!

一致内の像の近くには『句碑』がありました。

よく見てみると…おや、まさか?このお方は!?

かの有名な『松尾芭蕉』さんもこの地を訪れ、そして句を詠んでいたんですね!知らなかった!!悔しい!!

『十六夜も まだ更科の 郡かな』

と詠んでいます。

きっと松尾芭蕉さんはこの地を訪れる前に善光寺にお参りをしたのでしょうね。

松尾芭蕉さんのことが好きなぼくは川中島で会えると思ってなかったので、妙にテンションが上がりました!

川中島古戦場の他のみどころは?

休息所があったり。

当時の陣形の説明がされていたり。

ここも戦場だったんだよね?いまじゃ綺麗な公園になってます。

当時の人たちはここで水浴びしたり楽しんだのかな?

博物館もあります。プラネタリウムとかやってるみたいです。

なんとも澄んだ水の流れ。ここが戦場だったなんて思えない。

もう店じまいしてましたが、手打ちそばが食べられる食事処が!もちろんおすすめは…

ソフトクリームです。

こちらもソフトクリーム。

長野ではソフトクリームが大人気ですね。

川中島の拠点『海津城」!松代城跡のある史跡の町『松代』へ!!

川中島古戦場とは切っても切れない場所。それが『海津城(松代城)』ですね。2016年に放映されたNKH大河ドラマ『真田丸』ゆかりの地でもあります。

川中島古戦場から車で10分。松代周辺にはたくさんの歴史建造物が残っています!ワクワクするぜ!!

松代物産館の前の駐車場に車を停めて、さっそく海津城に行ってみましょう!

真田家を語るにはまず『真田宝物館』だろ!

ということで、まずは目の前にある真田宝物館へ行くことに。

しかし、人の気配がない。平日だからかな?

ん?なんだ?赤い看板が…

『本日の受付は終了しました』

16:30が最終受付だったようです。17:00までって書いてあったから間に合ったと思ったんだけど、ダメでした。

おやき・お蕎麦のお店は開いてました。

『真田公園』では小学生が楽しそうに遊んでました

宝物館を超えると公園が。小学生たちが遊戯王カードバトルをしています。おいおい、そこは『戦国大戦!信玄vs謙信カード!!』だろ?(そんなのあるのかよ)

昔の子供たちもこの公園(敷地)で無邪気に遊んでたのかな?

『子鹿のバンビ』の石碑が…!なにそれ、知らないよ?

松代が輩出した作曲家の人が作ったらしいです。

しかし、いい公園だな。

西日が差してきて、さらに風情を感じる。真田さん、めちゃくちゃいいところじゃないですか、ここ。

公園を抜けると過去にタイムスリップしたような街並みが広がった…!

あぁ、なんて幸せな時間なんだろう。この道を歩いているだけで、当時の武士になったような感覚。歩道こそ舗装されているけど、同時の人たちはこの道を歩いたんだって思える。

戦国の世を生きた武士たちの歩いた道を、平成の世を生きるぼくも同じように歩く。

旧邸がたくさんあります。

時間外で入れないのが残念。

趣深い。風情。緑と屋敷の調和。

近代の学校教育の先駆け『文武学校』へ!

旧邸跡地を抜けると、そこには『文武学校』が…!。

『文武学校』は近代教育の先駆けとなった教育機関です。江戸時代にあたる1855年に水戸藩の『弘道館』を参考に設立。

学問では

  • 東洋・西洋医学
  • 西洋軍学
  • 小笠原流礼法

を学び

武道では

  • 剣術
  • 柔術
  • 弓術
  • 槍術

を学びました。

この『文武学校』は松代小学校と併設されており、正門には『文武学校』と書かれた札と『松代小学校』と書かれた札がありました。松代小学校の児童が羨ましいぜ。

風情ある敷地の中で歴史や算数、国語を学んでいるんだね。

海津城(松代城)に思いをはせる

松代城に到着。もちろん受付は終了しています。残念。こんなに空が綺麗なのに…。

嘆いても門は開かないので…

せめて記念写真だけでも…。髪はねてる…。顔が険しい…。(風がつよかったの!眩しかったの!)

城の周りはいつだって池をはるんだ。築城の原則だ。うかつに攻め込まれないようにね!

城の中を覗いてみた。殺伐としてるなぁ…。こんなもんか?

今度は16時前にはこよう。

歴史情緒溢れる『川中島・松代』は歴史好きには最高のスポット!!

日本史好きなら絶対に信玄と謙信の名前を聞いたら気分が高揚するばず。戦国時代好きならなおさら。

そんな二大武将が国取りをかけて熾烈な争いを繰り返した地『川中島』。

そして真田家ゆかりの地『松代』。

どちらも長野市にあるのでアクセスはしやすいです!歴史好きなら一度は訪れたい最高のスポットでした!!

川中島古戦場

長野県長野市小島田町1362

駐車場 無料(21時閉鎖)

バス 川中島古戦場(八幡原史跡公園)前下車

松代城

長野県長野市松代町松代44

営業時間 9:00〜17:00(最終受付16:30)

駐車場 無料(真田宝物館前)

バス 松代駅下車

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